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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)304号 判決 1993年5月28日

愛知県愛知郡日進町大字岩崎字岩根二七二-一五番地

原告

近藤銈次郎

名古屋市天白区植田山三丁目二三〇一番地

被告

昭和土木株式会社

右代表者代表取締役

神野明

右訴訟代理人弁護士

平野好道

同右

三笠三郎

同右

草野勝彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙物件目録記載の各装置を使用してはならない。

2  被告は、別紙物件目録記載の各装置を廃棄せよ。

3  被告は、原告に対し、金一六〇八万円及びこれに対する平成二年一二月四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。

発明の名称 アスファルト合材の再生処理装置

出願日 昭和五一年五月二四日

出願公告日 昭和五八年三月二三日

登録日 平成元年五月一六日

登録番号 第一四九五四七〇号

2  本件発明の特許請求の範囲は、次のとおりである。

「アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し、これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し、槽底部のフィーダ上へ沈降させ、これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置において、前記溶解槽に複数段の格子枠を内設し、上段側の格子枠の升目を大きなサイズとし、下段側の格子枠の升目を小さなサイズとし、前記格子枠の下部側に蒸気噴射パイプを配設し、該蒸気噴射パイプを有する格子枠によって溶解槽を複数室に区画形成し、当該各室に設けた温度検出手段によって各室毎の蒸気噴射を制御する構成を設け、また槽底部にはエプロンフィーダを設け、当該フィーダの出口側に前記再生素材の通過調整用ゲートを設けたことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置。」

3  本件発明の構成要件は、次のとおりである(以下、本件発明に関する番号及び符号は、本件特許権に係る特許公報記載のものを指す。)。

(一) 基本的な構造部分は、

(1) アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し、これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し、槽底部のフィーダ上へ沈降させ、

(2) これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置である。

(二) 特徴的な構造部分は、

(3) 前記溶解槽に複数段の格子枠(5a、5b及び5c)を内設し、上段側の格子枠の升目を大きなサイズとし、下段側の格子枠の升目を小さなサイズとし、

(4) 前記格子枠の下部側に蒸気噴射パイプ(6a及び6b)を配設し、該蒸気噴射パイプを有する格子枠によって溶解槽を複数室に区画形成し、当該各室に設けた温度検出手段(17)によって各室毎の蒸気噴射を制御する構成を設け、

(5) 槽底部にはエプロンフィーダ(8)を設け、当該フィーダの出口側に前記再生素材の通過調整用ゲート(15)を設けたことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置である。

4  被告は、昭和五三年八月ころから、別紙物件目録記載の各装置(以下同目録記載一の装置を「被告装置一」といい、同目録記載二の装置を「被告装置二」といい、合わせて「被告装置」という。)を所有し、これを使用している。

5  被告装置の構造は、次のとおりである。

(一) 主位的主張

アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し、これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し、槽底部のフィーダ上へ沈降させ、これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置において、前記溶解槽に複数段の格子枠を内設し、上段側の格子枠の升目を大きなサイズとし、下段側の格子枠の升目を小さなサイズとし、前記格子枠の下部側に蒸気噴射パイプを配設し、該蒸気噴射パイプを有する格子枠によって溶解槽を複数室に区画形成し、当該各室に設けた温度検出手段によって各室毎の蒸気噴射を制御する構成を設け、また槽底部にはエプロンフィーダを設け、当該フィーダの出口側に前記再生素材の通過調整用ゲートを設けたことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置。

(二) 予備的主張

仮に、被告装置が使用途中で改変されたとすれば、改変後の被告装置の構造は、次のとおりである。

アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し、これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し、槽底部のフィーダ(スクリュー式)上へ沈降させ、これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置において、前記溶解槽に複数段の蒸気噴射パイプを内設し、上段側のパイプ間隔を大きくし、下段側のパイプ間隔を小さなサイズとし、前記蒸気噴射パイプの上部にそれぞれ逆V形バーを配設し、該蒸気噴射パイプとバー格子によって溶解槽を複数室に区画形成し、各室毎の蒸気噴射をバルブの開閉によって温度制御する構成を設け、槽底部にはフィーダ(スクリュー式)を設けたことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置。

6  被告装置の構成要件は、次のとおりである。

(一) 主位的主張

(1) 基本的な構造部分は、

イ アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し、これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し、槽底部のフィーダ上へ沈降させ、

ロ これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置である。

(2) 特徴的な構造部分は、

ハ 前記溶解槽に複数段の格子枠を内設し、上段側の格子枠の升目を大きなサイズとし、下段側の格子枠の升目を小さなサイズとし、

ニ 前記格子枠の下部側に蒸気噴射パイプを配設し、該蒸気噴射パイプを有する格子枠によって溶解槽を複数室に区画形成し、当該各室に設けた温度検出手段によって各室毎の蒸気噴射を制御する構成を設け、

ホ 槽底部にはエプロンフィーダを設け、当該フィーダの出口側に前記再生素材の通過調整用ゲートを設けたことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置である。

(二) 予備的主張

(1) 基本的な構造部分は、

イ アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し、これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し、槽底部のフィーダ(スクリュー式)上へ沈降させ、

ロ これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置である。

(2) 特徴的な構造部分は、

ハ 溶解槽に複数段の蒸気噴射パイプを内設し、上段側のパイプ間隔を大きくし、下段側のパイプ間隔を小さなサイズとし、

ニ 前記蒸気噴射パイプの上部にそれぞれ逆V形バーを配設し、該蒸気噴射パイプとバー格子によって溶解槽を複数室に区画形成し、各室毎の蒸気噴射をバルブの開閉によって温度制御する構成を設け、

ホ 槽底部にはフィーダ(スクリュー式)を設けたことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置。

7  本件発明と被告装置とを対比すれば、次のとおりである。

(一) 主位的主張

本件発明と被告装置とは、前記記載自体から明らかなとおり、まったく同一のものである。

(二) 予備的主張

(1) 基本的な構造部分については、被告装置の構成要件イ及び同ロは、前記記載自体から明らかなとおり、本件発明の構成要件(前記3記載のもの。以下同じ。)(1)及び(2)に該当する。

なお、被告装置のスクリューと本件発明のエプロンフィーダは、いずれも、溶解槽の槽底部に設置され、スクリーン又はバースクリーンを通過し溶解分離しながら沈降するアスファルト再生素材の細粒をバケットエレベーターに供給、搬送するための機構であり、均等技術である。また、スクリューフィーダもエプロンフィーダも、いずれもフィーダである。

(2) 特徴的な構造部分の構成要件ハについて

被告装置においては、蒸気噴射パイプが上中下段に設置され、かつ、右各パイプ間の間隙を上段側に大きく下段側に小さい構造とし、その直上に各々逆Ⅴ型ノッズル保護カバーが設けられているが、このような蒸気噴射パイプと逆Ⅴ型ノッズル保護カバーの組合わせは、本件発明における格子枠と同じく材料の通過機構においてスクリーンとして機能するもので、右格子枠に該当するものである。したがって、被告装置の構成要件ハは本件発明の構成要件(3)に該当する。

(3) 同構成要件ニについて

被告装置においては、蒸気噴射パイプ(ノッズル保護カバー)が平面状等間隔に配設され、しかも上部の間隔が大きく、下部に向かい小さく設置されており、この蒸気噴射パイプとバー格子によって溶解槽を複数室に区画形成する構成となっている。

したがって、被告装置の構成要件ニは本件発明の構成要件(4)に該当する。

(4) 同構成要件ホについて

被告装置のフィーダ(スクリュー式)と本件発明のエプロンフィーダはいずれも溶解槽の槽底部に設置され、スクリーン又はバースクリーンを通過し、溶解分離しながら沈降するアスファルト再生素材の細粒化とともに、水中より取り出すために設けられたバケットエレベーターに供給、搬送するための機構であり、本件特許権の出願前に公知となっていたものである。また、被告装置には、当初本件発明と同様のエプロンフィーダが設置されていたが、本件特許権の公告後にフィーダ(スクリュー式)に置き換えられたものである。

したがって右両者は均等技術であり、被告装置の構成要件ホは本件発明の構成要件(5)に該当する。

(三) 右のとおりであるから、被告装置は、本件発明の技術的範囲に属する。

8  被告は、被告装置が本件発明の技術的範囲に属することを知りながら、本件特許権の出願公開があった昭和五三年六月一四日の後である同年八月ころから被告装置の使用を継続してきたものであるが、この間の実施料相当額は年額六七万円である。

9  よって、原告は、被告に対し、本件特許権に基づき被告装置の使用の差止及び廃棄を求めるとともに、昭和五三年一一月一日から平成二年一〇月三一日までの一二年分の実施料相当損害金一六〇八万円及びこれに対する不法行為の結果発生後である同年一二月四日から支払済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の事実は否認する(ただし、次の主張に合致する部分を除く。)。

(一) 現在の被告装置の構成は次のとおりである。

「アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し、これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し、槽底部のスクリュー上へ沈降させ、これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置において、前記溶解槽に一段の格子枠のみを内設し、前記格子枠の上部側及び下部側に蒸気噴射パイプを配設し、また、槽底部にはスクリューを設けたことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置。」

なお、被告装置には一段の格子枠しかないので、格子枠の升目のサイズに大小はない。また、被告装置の溶解槽は一室であり、温度検出手段もこれによって蒸気噴射を制御する構成もなく、通過調整用ゲートもない。

(二) 被告装置は、いずれも中部増成機械工業株式会社(以下「中部増成」という。)作成の図面に基づいて制作されたものであるが、次のような改造を経て現在の構造になった。

(1) 格子枠

イ 時期

被告装置一は昭和五六年七月ころ、被告装置二は同年一〇月ころ。

ロ 改造の内容及び理由

従来の格子枠は二段で、升目のサイズは上段が三〇〇ミリメートル四方で下段が一五〇ミリメートル四方であったが、両格子枠の間に細かくならないアスファルト廃材、特に溶解しないコンクリートガラ、砕石等がたまることが多く、その除去が困難であるので、格子枠を一段とし、升目のサイズを一二五ミリメートル×一五〇ミリメートルに変えた。

(2) 調整用ゲート

イ 時期

被告装置一は昭和五七年六月ころ、被告装置二は同年九月ころ。

ロ 改造の内容及び理由

フィーダ部へ排出される量を調整するという目的どおり作動せず、排出を押さえてしまって出にくくなるため、撤去した。

(3) 温度調整弁

イ 時期

被告装置一は昭和五八年六月ころ、被告装置二は昭和五九年六月ころ。

ロ 改造の内容及び理由

温度調整弁は、蒸気温度設定により一定温度以上になると調整弁が作動し、弁が閉まるというものであるが、弁が閉まると槽内の水が蒸気配管に逆流し、配管が詰まる原因となるので、温度計及び調製弁を撤去した。

(4) エプロンフィーダ等

イ 時期

被告装置一は昭和六一年八月、被告装置二は昭和六〇年一〇月。

ロ 改造の内容及び理由

エプロンフィーダは冬期にフィーダ部が凍結し、フィーダがレールから脱輪し稼働できなくなるので、スクリューに変更した。

3  同6の事実は否認する(ただし、前記2の(二)の主張又は次の主張に合致する部分を除く。)。被告装置の構成は、次のとおりである。

(一) 基本的な構造部分は、

イ アスファルト合材の固形ブロックを溶解槽の加熱した水中に投入し、これを加熱蒸気又は熱湯を熱源として溶解分離し、槽底部のスクリュー上へ沈降させ、

ロ これを水中搬送してアスファルトでコーティングした所要粒度の再生素材として選別収集するように構成したアスファルト合材の再生処理装置である。

(二) 特徴的な構造部分は、

ハ 溶解槽に一段の格子枠のみを内設し、したがって、格子枠の升目のサイズに大小はなく、

ニ 前記格子枠の上部側及び下部側に蒸気噴射パイプを配設し、一室のみの溶解槽には温度検出手段及びこれによって蒸気噴射を制御する構成を設けず、

ホ 槽底部にはスクリューを設け、通過調整用ゲートを設けないことを特徴とするアスファルト合材の再生処理装置。

4  同7は争う(ただし、次の主張に合致する部分は除く。)。被告装置は、本件発明と次の点で異なる。

(一) 基本的な構造部分については、

イ 本件発明の槽底部がフィーダであるのに対し、被告装置の槽底部はスクリューである。

(二) 特徴的な構造部分については、

ハ 本件発明においては、溶解槽内に複数段の格子枠を内設し、上段側の格子枠の升目を大きく下段側の格子枠の升目を小さくしているが、被告装置においては、一段の格子枠のみであり、格子枠の升目のサイズに大小はない。

ニ 本件発明においては、格子枠の下部側に蒸気噴射パイプを配設しているが、被告装置においては、格子枠の上部側及び下部側に蒸気噴射パイプを配設している。また、本件発明においては、溶解槽を複数室に区画形成しているが、被告装置においては、そのような構成はされておらず、溶解槽は一室である。

ホ 本件発明においては、槽底部にエプロンフィーダを設け、当該フィーダの出口に通過調整用ゲートを設けているが、被告装置においては、フィーダはなく、これに代わるスクリューの出口に通過調整用ゲートは設けていない。

5  同8のうち、本件特許権の出願公開が昭和五三年六月一四日にされたこと、被告が昭和五三年八月頃から被告装置の使用を継続してきたことは認め、その余は争う。

三  抗弁

1  職務発明に基づく通常実施権

(一) 原告は、昭和四七年一一月一日被告に入社し、昭和五一年四月三〇日退社した。

(二) 本件特許権の出願は原告が被告を退社した直後の同年五月二四日にされているが、本件発明は、原告が被告に在職中にすでに完成し、昭和五〇年三月一五日には試作機も完成していた。

(三) 原告の被告に在職中の役職は機械課長兼衣浦瀝青混合所長であり、被告において、当時被告の取締役であった神野道夫とともにアスファルト廃材の再利用技術について研究開発していたものであるから、本件発明は、その性質上被告の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為が被告における従業者であった原告の職務に属するものである。

2  使用許諾ないし通常実施権設定

被告装置は、いずれも原告が被告に在職中に中部増成及び黒田電機株式会社(以下「黒田電機」という。)に製造させたものであり、原告、中部増成等が本件発明に基づく企業化を検討している際、被告に通常実施権があることは確認されていた。また、被告が昭和五三年三月ころ被告装置を中部増成から購入する際、原告は、被告が被告装置を購入して使用することを認めていた。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1について

(一) 抗弁1の(一)の事実は認める。

(二) 同(二)のうち、本件特許の出願が昭和五一年五月二四日にされたことは認め、その余の事実は否認する。後記(四)の試験一号機S型(能力時間当たり二トン)は昭和五〇年一〇月に試作を開始し、同年一一月に運転を始め、また、同試験二号機F型(能力時間当たり一〇トン)は昭和五一年二月に試作を開始し、同年三月運転を始めたが、改良を加えて機構上の完成をみたのは同年八月上旬である。

(三) 同(三)のうち、原告の被告在職中の役職が機械課長兼衣浦瀝青混合所長であり、当時被告の取締役であった神野道夫とともにアスファルト廃材の再利用技術について研究開発していたことは認め、その余は争う。

(四) 原告は、オイルショックによりアスファルトをはじめ重油系燃料及び砂、砕石等の主要資材の受給難時代が到来したため、昭和四九年二月から、被告の業務の傍ら、上司の神野道夫とともにアスファルト合材の廃材を利用する再生技術の研究開発に着手した。原告は、昭和五〇年七月ころ、本件発明の前提となる基礎技術(温水式再生法)を発見し、同年九月ころ、その試験機の製作を開始するにつき、神野道夫とともに、これを被告の費用で行うことにつき被告の決裁を得ようとしたが果たせなかった。そこで、神野道夫の資金により試験一号機S型の製作を中部増成に依頼し、同年一一月から同社大府工場において試験運転と改造を繰り返したが、機構上のトラブルは容易に解消しなかった。そこで、原告と神野道夫は、昭和五一年二月、試験一号機S型を大きく改良し、本件発明の基本技術による試験二号機F型の製造を中部増成に依頼し、同工場において試運転と改良を続けたが、この間も被告の協力を得ることはできなかった。しかも、原告は、同年四月一二日、当時の被告代表者神野晴一から、原告らが研究しているアスファルト廃材の再生について被告が事業として行う考えがないので同研究をやめて本来の業務に専念すべきことを言い渡された。しかし、原告は、右研究開発の継続につき強い希望を有していたため、同月末にやむなく被告を退社し、同年五月、神野道夫がアスファルト廃材の再生事業を行うために設立した有限会社日昭化材に入社し、右研究開発とその実用化に専念し、試験二号機F型の概成と同時に、その技術開発の証として同月二四日付で「アスコン再生装置」と題する実用新案登録出願をし、これを後に特許出願に変更して権利として確立したのが本件特許権である。

このように、被告は、本件発明について、被告の業務に反するものとして否定的な態度に終始し、原告は本件発明を完成するために被告を退社することを余儀なくされたのであるから、本件発明はその性質上被告の業務範囲に属するものではなく、また、本件発明をするに至った行為は被告における従業者であった原告の職務に属するものではなかったというべきである。なお、被告がアスファルト再生合材を事業化したのは、被告装置が設置された昭和五三年八月以降であり、原告在職中は、これに関する技術の開発部門は被告になかった。また、原告の被告在職中に本件発明に関する試験機の製作はされたが未完成の状態であり、これが実用機として完成したのは昭和五一年八月であり、原告は、被告退社後右の試験機完成までの間に本件発明を完成して本件特許権を出願したものである。

2  抗弁2について

抗弁2のうち、被告装置がいずれも中部増成及び黒田電機により製造されたものであり、これを被告が昭和五三年三月ころ中部増成から購入したことは認め、その余の事実は否認する。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因について

1  原告が本件特許権(昭和五一年五月二四日出願・平成元年五月一六日登録)を有すること(請求原因1の事実)、本件発明の特許請求の範囲(請求原因2の事実)及び本件発明の構成要件(請求原因3の事実)は、当事者間に争いがない。

2  また、被告が昭和五三年八月ころから被告装置を所有し、これを使用していること(請求原因4の事実)も当事者間に争いがない。

二  抗弁について

次に、被告が本件特許権につき特許法三五条一項の通常実施権(職務発明による通常実施権)を有するかどうか(抗弁1の事実)について判断する。

1  本件発明と被告の業務範囲

弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三六号証の一、二、証人岡村清忠の証言により成立の認められる乙第一四号証、証人岡村清忠の証言、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、被告は、原告の入社以前から、アスファルト舗装工事、アスファルト合材の製造販売等を業とし、名古屋市、小牧市、衣浦の三箇所に瀝青混合所(以下「工場」という。)を設けてアスファルト合材を製造していたこと、被告は、昭和四八年のいわゆるオイルショックにより、アスファルト、重油等の工事用資材が入手しにくくなったことから、昭和四九年二月ころから、名古屋工場、衣浦工場においてアスファルト舗装廃材を利用してアスファルト合材を再生する技術について研究開発を始めたこと、以上の事実が認められ、これらの事実によると、アスファルト合材の再生処理装置に関する本件発明が、その性質上、被告の業務範囲に属する発明であることは明らかである。

2  原告が被告に勤務した期間

原告が、昭和四七年一一月一日に被告に入社し、昭和五一年四月三〇日に被告を退社したことは、当事者間に争いはない。

3  原告の被告における職務

(一)  原告が被告在職中、機械課長兼衣浦瀝青混合所長の役職にあったことは、当事者間に争いがない。

(二)  また、前掲甲第三六号証の一、二、乙第一四号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一九号証の四、証人岡村清忠の証言により成立の認められる乙第一三号証、証人山田俊彦の証言により成立の認められる乙第一六、第二〇号証、証人岡村清忠、同山田俊彦の各証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は、建設省において二六年間勤務し、建設機械、機械化施工、道路維持管理等に関する職を経た後、被告の建設機械の管理運営、アスファルトプラントの管理、衣浦工場の工場長等の業務を担当するとの条件で、同省を退職して被告に就職したこと。

(2) 原告は、昭和四九年二月ころから、被告の機械担当取締役であった神野道夫(以下「取締役神野」という。)を補佐してアスファルト合材の再生技術について研究開発を始めたこと。

(3) 取締役神野及び原告の右研究開発は、被告の名古屋工場及び衣浦工場、被告の機械関係の取引先である中部増成の大府工場において、被告の就業時間の内外を問わずに行われたこと。

そして、右研究開発には被告工場の器具が随時使用され、また、実験及び部品調達の費用、研究のための加熱用バーナー、排風機及び真空ポンプの購入費用、試作機であるパイプ式加熱機の製造費用等は、被告から支払われたこと。

(4) 右研究開発の対象は、当初は温風式再生法による装置であったが、昭和五〇年七月ころから、温水式再生法の装置に変更され、同年九月ころ、取締役神野は、本件発明の試作機である試験一号機S型の製作を中部増成に依頼し、同年一〇月、これを完成させ、引き続き、原告とともに研究開発に当たったこと。

(5) 右試作機の製作費用等については、そのころ、被告代表者と取締役神野との間に対立が生じていたため、取締役神野において約一〇〇万円を個人的に負担したが、取締役神野は、被告をして中古プラントを購入させた上、これを解体して、そのフルイ装置、バケット、エレベーター等を右試作機の部品として利用したほか、被告の名古屋工場にあった駆動用モーター、減速機も部品として利用し、さらに、その後の試作機の改造においても被告工場にあったエプロンフィーダ、モーターを中部増成に持ち込んで、その部品として使用したこと。

(6) 取締役神野は、昭和五一年二月ころ、本件発明の試作機である試験二号機F型の製作を中部増成に依頼し、同年三月二二日に一応完成させ、原告とともに、引き続き、その実験、改良に当たったこと。

(7) 中部増成は、試験一号機S型については、被告宛にその製作費用の見積書を作成し、試験二号機F型については、被告を注文主とする設計図面を作成し、これを用いて試験二号機F型を製作したこと。

(8) 原告は、被告在職中、本件発明に係る研究開発の過程において、個人としてその費用を負担したことはないこと。

(三)  そして、右(一)(二)において判示した事実を総合すると、取締役神野は被告の機械担当取締役として、原告は被告の機械課長として、すなわち、それぞれ、被告における職務としてアスファルト合材の再生装置の研究開発を行っていたものと認めることができる(なお、前示のように、本件においては、試作機製作のための費用の一部を取締役神野が個人的に負担したという特殊事情はあるが、それのみでは、当初、被告における職務として行われていた研究開発が以後取締役神野や原告の個人的な行為に変質したとすることはできない。)。

(四)  もっとも、前掲甲第三六号証の一、二、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、原告は、昭和五一年四月一二日、被告代表者から、原告の研究開発しているアスファルト廃材の再生装置について被告が事業として行う考えがないので、その研究開発をやめて本来の業務に専念すべき旨指示されたことが認められるが、その指示によって、それまでの研究開発行為が職務上なされていたということに変動が生じるものではない。

4  本件発明の完成時期

(一)  前掲乙第一三、第一六号証、成立に争いのない甲第二ないし第四号証、乙第三号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第六号証、第九号証の一、二(図面部分に限る。)、証人岡村清忠の証言により成立の認められる乙第一五号証、証人山田俊彦の証言により成立の認められる乙第一七号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一八号証、証人岡村清忠、同山田俊彦の各証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は、昭和五〇年七月ころ、被告衣浦工場における実験の際、本件発明の前提となる基礎技術(温水式によるアスファルト合材の再生方法)を見い出したこと。

(2) 中部増成は、昭和五一年二月ころ、本件発明の試作機である試験二号機F型の図面を作成したが、その図面には、すでに本件発明の特徴的構造部分である複数段の格子枠、蒸気噴射パイプ、エプロンフィーダ及び通過調整用ゲートに関する記載がされていたこと。

(3) 右図面による試験二号機F型は、同年二月二六日から製作に着手され同年三月九日に部分運転を開始し、同月二二日に完成したが、その後も実用化のために改修が続けられ、中部増成は、同月中に、これに設置するため、本件発明の特徴的構造部分の一である蒸気制御に用いる電磁弁三個を購入したこと。

(4) 右試験二号機F型の試運転の結果、取締役神野と原告との間で、本件発明を事業化するめどがついたという点で意見が一致し、取締役神野は、同年四月八日、原告の賛同の下、その事業化のために有限会社日昭化材を設立したこと。

(5) 原告は、被告退職後の昭和五一年五月二四日にアスコン再生法という実用新案の出願をし、これを昭和五二年一二月七日になって特許出願に変更した上、本件特許権を取得したこと。

(6) 右実用新案(昭和五二年一一月二八日公開)の明細書には、本件特許権の基本的な構造部分のほか、その特徴的な構造部分がいずれも開示されていること。

(二)  そして、右に認定した事実、特に原告が被告を退職してわずか二四日後に本件特許の出願(当初は実用新案の出願)をしていることからすると、原告の退職から右出願までの間に本件発明を完成させるための特別の研究開発が行われたことを認めるに足りる証拠のない本件においては、本件発明は、原告の退職の時点で発明として完成していたものと推認するのが相当である(原告は、試験二号機F型が実用機として完成したのは被告の退職後の昭和五一年八月であり、本件発明は原告の退職時には未完成の状態にあった旨主張するが、発明の完成はその発明に基づく実用機の完成を必要とするものではないから、原告の退職時に試験二号機F型が実用機として完成していなかったとしても、そのことは、右推認の妨げとはならない。)。

5  職務発明の成否

右1ないし4において判示したところによると、本件発明は、その性質上、被告の事業の範囲内にあり、かつ、発明をするに至った行為が被告における原告の現在の職務に属する発明(職務発明)に当たるというべきであるから、被告は、本件特許権につき、特許法三五条一項により通常実施権を有することになる(なお、仮に、前示3(四)の指示により再生技術の研究開発が以後原告の職務でなくなり、かつ、原告がその後被告を退職するまでの間に本件発明を完成させていたとしても、その場合には、本件発明は、原告の被告における過去の職務に属する発明に当たるから、被告は、いずれにしても、同項により、本件特許権につき通常実施権を有することになる。)。

三  結論

よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 後藤博 裁判官 入江猛)

(別紙)

物件目録

一 アスファルト合材の再生処理装置(定置式)

設置場所 小牧市大字上末字八幡下二八八番地

昭和土木株式会社小牧合材センター

構造 (主位的)別紙図面一のとおり。

(予備的)別紙図面二のとおり。

二 アスファルト合材の再生処理装置(定置式)

設置場所 名古屋市港区昭和町四三番地

昭和土木株式会社名古屋合材センター

構造 (主位的)別紙図面一のとおり。

(予備的)別紙図面三のとおり。

図面一

<省略>

<省略>

図面二

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<省略>

図面三

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<省略>

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